リニューアル戦略は「N」から始めなさい 「社長直轄! 商品リニューアルの着眼点」 第154話

定期的に開催しておりますセミナーでは、メーカーの経営者様や幹部の方が多く参加されます。中には質疑応答の時間に、自社商品を大きなキャリーバッグから出され、アドバイスを求められる経営者の方もいらっしゃいます。

 

初めてお会いした「場」でこのようなアクションに出られる意図には、弊社の反応を見る、という面もあると理解しております。が、なかには非常に差し迫った問題をお持ちで、いますぐ、といった場合もあります。遠くより足を運んでくださって、わたくしどもの話を聴き、その上で「この商品こそが自社を守るんだ!」と直観されたか、熱いほどの “気”や、ふるえるほどの“覚悟”を響かせアドバイスを求められます。

 

あらゆる商品サービスがデジタルとつながる時代、スピードについていけない企業は衰退の道を辿ることは歴史が証明しています。不安や困惑を感じるだけの想像力があれば「救い」です。過去の成功事例をひっさげて、そのままのやり方で今まで通りに進もうとしているとすれば、それは誰の目から見ても「思考停止」か、快と楽の「お遊び」か、とうてい本気でビジネスに取り組んでいるとはいえません。

 

混沌のなかで、SNS等ではアドバイザリーサービスやコンサルティングサービス、コンテンツ商材の情報が溢れかえっています。このような時代、わたくしどもがお手伝いするコンサルティングとは何か。そもそも、何のためにわたくしは、毎週こうして書いているのか。セミナーを開催し、一生懸命にお伝えしているのか。本日も奮える心でT社長にコンサルティングをさせていただいているのか。

 

わたくしには子がおります。幼い頃からサッカーをやっていて、足のケガが絶えませんでした。ケガの度に整形外科や接骨院などに通い、傷には消毒液と絆創膏を処置してもらい、痛み止めの飲み薬や湿布をもらって帰ってきました。治った頃に、いつかと似たようなケガをして、病院に行って、、、というくり返しの日々でした。

 

ある時からケガが激減したのです。コーチが代わり、練習の仕方や蹴り方を変えるよう指導されたのです。チームの一人ひとりが身体の使い方を教えてもらい、使い方を変えました。ケガが減り、親子のモチベーションが上がりました。チーム編成を変え、新しい仕組みをつくり、めきめきと強くなりました。考え方の土台ができあがり、チームの「体質改善」が果たされたのです。

 

わたくしどもはコンサルティングを「企業体の体質改善である」と定義しております。社長が手に入れるものが「消毒液」や「絆創膏」、「湿布」や「痛み止めの薬」といった対処ツールであってはならないと考えております

 

弊社の商品リニューアル戦略のひとつに「NP(エヌピー)理論」というものがあります。商品リニューアルによる勝つ仕組みを方程式化したもので、V=N×DCA×Pと表しています。VとはVictoryの頭文字です。わたくしどもではPDCAサイクルの「Do=実行、Check=検証、Action=改善」を、NPでサンドイッチし仕組み化しています。

 

この方程式は、危機的状況に立つ中小企業に有効な仕組みです。PDCAが提唱するところの計画からスタートするやり方は大手企業にフィットしています。現実として時間をかけてプランを練ることができるのは大手だけ、中小企業には悠長に計画を練る時間などありません。現場での「Do=実行」が先です。仕組みを回すための肝が、方程式の中でトップに位置する「N=Naming、命名」です。ビジネスを変革したい時には命名からスタートすることが勝利の秘訣です。

 

自然の営み、人の営み、そして経営にも「原則」があります。“始めにネーミングありき。” これは、新約聖書、ヨハネによる福音書、第一章第一節。書き出しの第一行です。わたくしどもの超訳でありますが、正しくは「始めに言葉ありき。」と伝えられています。この本意は同じで、コトやモノは言葉を得て初めて「存在」となります。商品やサービスも、言葉=名前がなければ何者でもなく、ただのプロダクトです。事業を遂行するプロジェクトまた然り。命名することで、コンセプトが一気通貫し関わる人の気持ちを高揚させる企みが隠されています。

 

わたくしたちがお手伝いできることは「絆創膏」を提供することではありません。時代がどのように変わっても、柔らかく変化できる「考え方」「やり方」そして永続的に自社システムとして発展させることができる「仕組み」です。その場で、教えてほしい、アドバイスしてほしい、といったご姿勢に対してわたくしどもでは、あらためてスポットでのご相談時間をとっていただくようお願いしております。わたくしどもの提供するコンサルティングが、不安を鎮めるための「聴きざわりの良いアドバイス」=「絆創膏」ではあってはならないと考えているからです。