経営者が持つべき“技術”は「捨てる力」 「社長直轄! 商品リニューアルの着眼点」 第84話

「東京アドベンチャーライン」。ある鉄道のリニューアルが話題になっています。このネーミングからどんなイメージが広がりますでしょうか?

東京西部を走る「青梅線」のネーミングです。青梅駅から奥多摩駅間が「東京アドベチャーライン」として生まれ変わるそうです。ネーミングとロゴマークを一新し、アウトドアやアクティビティを楽しむ路線としてコンテンツもリニューアル。新しい愛称に合わせて、いくつかの駅では多摩産の木材を使用し駅舎を改装。レンタサイクル、待合室の整備、靴洗い場、更衣室、カフェなどを充実させるとか。さらに、周辺地域と協力しながら日帰りのツアー企画や、年末に開催されている「奥多摩渓谷駅伝競走大会」への協賛なども検討しているそうで、たくさんのお客様が見込めそうな予感です。

 

青梅線を東京アドベンチャーラインとするだけで、ワクワク感が生まれます。商品リニューアル戦略の中でも「ネーミング」のリニューアルは、商品サービスの世界観を一瞬で変えます。新しいお客様を呼び込み市場を変え、売上利益、数字を変えてゆきます。

 

かつては広告代理店経由でコピーライターの仕事だったネーミングも、いまやネーミング技法に関しては、ネット上にさまざまなコンテンツがオープンにされています。書籍やネーミング講座などもたくさんあるでしょう。自社でまずは取り組み、弁理士事務所に依頼していた「商標登録」さえも今やネット上で検索すれば、自社で簡単に出願登録することができます。こうした手法的なことは、いくらでも独学でできます。「やるか」「やらないか」の問題であり、「できる」「できない」の障壁が低くなりました。

 

 

自社で商品リニューアルを実施しようとする場合、やり方よりも重要なことがあります。それは「捨てる」「あきらめる」ことへの決断です。唯一無二の時間という資源を有効に使うことが成功への道筋です。従来商品のコンセプトや考え方、ターゲット、ネーミング、デザイン、思い入れも含めて手放すことができずに迷っている時間のチャンスロスには注意が必要です。

 

売れ行きの悪くなった主力商品、社運をかけて育ててきた主力商品ですが、一度コンセプトから市場、ネーミングやパッケージにいたるまで、考え方をいったん白紙にする、「捨てる」ことができるかどうかが生命線です。

 

数字が伸びてゆかない時、経営者は考えます。売れ行きが悪くなったのは「なぜか」「どうして売れなくなったのか」。ここの因果関係を深掘りしたくなります。時代環境か、お客様が変化したのか、もっとミクロなことか、社内環境なのか、商品の質が落ちているのか・・・なぜ、どうして・・・そんな風に思考の深掘りを初めて、理由を突き止めて改善しようとします。理由はさまざまな要因が絡まっているでしょう。しかし、私たちの「考えれば考えるほど」の想像力には限界があります。思考法のひとつ「水平思考」では「想像力には限界があり、偶然には限界がない」という定説があります。たまたま、の偶然が幾パターンにも重なって売れなくなってきている、と考えることが必要不可欠です。

 

 

リニューアルしたい。

しかし、

従来商品のテイストも諦めきれない。

過去の成功を手放すことができない。

 

経営者にとって主力商品は、わが子同然です。ネーミングもパッケージも愛着があるはずです。過去の主力商品に助けられた成功体験もあります。託した夢も途中、かもしれません。「今のお客様に合っていないのではないか」と頭ではわかっているつまりだが、やはり手放すとなると怖い。

 

冒頭でご紹介した「東京アドベンチャーライン」においても、「今のままが好き」「今のまま、青梅線のままでゆきたい」という反作用の気持ち、保守的な意見、強い愛着からの反対意見もあったことでしょう。そうした葛藤を経ての決断だと想像できます。

 

成功目前に立ちはだかる「壁」を乗り越えてゆくために、今求められているのは「捨てる力」です。しかし「捨てる」ことに対して非常に強いネガティブな意識が働くことも人の心理です。一方、「捨てる」を先送りすればするほど、生まれ変わるチャンスが逃げて行くこともまた事実です。右肩下がりが進行し、財務状況がどん底になっている時からのプロジェクトのリニューアルは、好調時の何十倍ものパワーが必要になります。東京アドベンチャーラインのようにリニューアル後のプロモーション展開を考えれば、何だかんだ言って「資金」が必要不可欠。キャッシュで解決できることが9割、という現実もあります。

 

商品サービスから少し離れたジャンルの話をしましょう。

人の生き方においても、今「リニューアル」の時代です。例えば、最近公開された「泣き虫しょったんの奇跡」という映画をご存知でしょうか? 映画の原作が講談社文庫から出ています。主人公は瀬川晶司氏。現在40代後半で実話です。幼い頃から始めた将棋ですがあるレベルまでいったものの開花せず、年齢制限のために26歳にしてプロ棋士の夢をあきらめました。しかし、サラリーマンから再起しアマチュア世界から将棋のプロになった異色の人生が描かれています。

 

こうした生き方は、ひと昔前なら、表にはあまり出てこなかったかもしれません。今の時代は映画やテレビドラマになったり、書籍になり注目されています。人々の心理がそうした「生き方」を求めているのです。かつては「一度志した道ならば、どんなことがあっても努力し続けよ」とか「あきらめないことが道を拓く」といったスローガンが愛されていました。経営者自身も一度スタートしたことならば「諦めてはならない。変わることは恥だ」という意識習慣がどこかにあるはずです。

 

しかし、時代は変わり、そうした根性論を否定するでもなく、また「やり直すことがいい」と声高に言っているわけでもなく「やり直し、リニューアルもまたアリ」が受容されつつあるのではないでしょうか。

 

プロ将棋士の瀬川氏ある程度のレベルまで達していたものの、年齢制限という自分の意思ではどうにもならない「制度」によって「諦める」ことになりました。たまたま、自身の意思とは関係なく将棋業界のルールがあったわけです。「なぜ」とか「どうして」と因果関係を考える意味がありません。瀬川氏は命を絶とうと思ったと回想しています。

 

そして、再起、リニューアルの時が巡ってきます。幼い頃から将棋一筋だった人生ですが、一度捨てて、大学を出て、就職しサラリーマンになりました。別の人生を知ったのです。再び幼なじみと将棋を指す機会がやってきました。すると将棋をはじめたときの胸のときめき、喜びに満たされ、面白いように勝てるようになったそうです。アマチュア世界で面白いくらい勝てるようになったのです。

 

ここからが瀬川氏の真骨頂です。彼は勝てるようになった理由を分析し始めたのです。「楽しい気持ちで指した方が勝てる」と仮説を立て、実験をくり返したそうです。かつての自分は「楽しんではいけない」と思い込んていたと。「プレッシャーのないリラックスした状態、楽しんでいる時ほど勝てる」という気づきは人生において「発見」だと書いています。その発見によって「将棋しか知らなかった時代よりも、さらに強くなった」、そう回想しています。果たしてアマチュアからプロの将棋士になり夢を叶え、今現在もご活躍されています。

 

常識的に考えれば、こうした話は「人生100年時代に入れば何度でもやり直しがきく」といったような人生論の切り口で展開されてしまいます。

しかし、そんな安っぽい切り口ではなく、これは人生リニューアル戦略における「人生開発」の話なのです。商品サービスリのニューアルと同じく「捨てることで、新しい道をひらく」という「思考法」の話なのです。「捨てる力」が新しい道を作ったのです。商品開発の世界ではこうした思考法を「水平思考」と呼んでいるように、瀬川氏はいちど捨てることで新しい考え方を手に入れたのです。「捨てる力は技術」なのです。

 

わたしたちの想像力は限界があります。しかし「偶然」には限界がありません。いつまでも売れない主力商品がまとっているものを手放すことができずに、主力商品の現状を深掘りして行くことは時間とチャンスのロスです。わたくしたちの想像力で因果関係を深く深く垂直に掘ってゆくことには限界があります。一度捨てる。真っ白な状態にリセットする。再起動する。これが商品リニューアルの極意です。そして、事業経営において何度でも商品サービスは変わり続け再起してゆくことができるのです。

 

「捨てる」ことは怖いことです。不安でもあります。「捨」という字源には「手放す」という意味があります。手にぎゅっと握りしめている限り、新しいものは手に入りません。捨てることは技術です。肩の力を抜いてリラックスして、また違う場所に穴を掘ってみる。その軽やかな発想が求められています。商品リニューアル戦略は「リラックスした状態」と親和するユニークな戦略手法です